街灯も無い峠道だから、星が綺麗に見えるものだと思い込んでいた。空を覆う雲に覆われて、煌めく星どころか、いつも馬鹿みたいな顔で浮かんでいる月さえ見えなくて、頼りは携帯のライトだけというどうしようもない状況なのだが、それでも一所懸命に足を動かして前進する。電池が切れたらお終いだなぁ、なんて考えて、喉渇いたなぁ、とも思って、よく分からないけど顔がにやつく。辛いし、なんだか気持ち悪くなってきたっつーのに、そう言う時ほど楽しくなる。なんでだろうね。パブロフの犬みたいな感じ。困難なほど面白くしてくれる。だから、僕は涎を垂らして笑顔で待っている。

『夢渡り』       

 この世界を暖かいという人がいる。夢見がちな文学少女でもあるまいに。
 守られてる自覚もあったし、ずっと守ってくれるっていう甘えもあったし、それが悪いことなんて思ってなくて、無償の愛情が当然だと思って。今めちゃくちゃな距離を歩いていることにはなんら関係は無かったりするんだけど。体を動かせば楽しい。そういう思い込み。体に刻む為に、僕はひたすら歩を進める。
 フッと暗闇が訪れる。携帯の電池が切れた。三十分程もったので、まあ良い方かなと前向きに考えて、携帯を踏みつけた。液晶が割れた。蹴り飛ばした。崖から落ちていく。靴を脱いだ。力一杯投げ飛ばした。崖から落ちていく。夏の夜のアスファルトはひんやりとして気持ちいい。調子をこいて、でんぐり返しをしたところ、落ちていた石が背骨の隙間にゴリッと食い込んで悶絶した。ちょっと泣いた。視界は、ぼやけたまま。とりあえず、前へ進もうよ。
 車通りが先ほどから一切無いのが不気味でしょうがないけど、田舎だし、山だし、夜だし。これがきっと普通なんだろうと考えて、涙を拭いた。真っ暗闇で何も見えない。目を瞑って歩いてみた。壁に激突した。おでこを思いっきり打った。ちょっと泣いた。ぶつけたところを擦ってみる。少しコブが出来ていた。自分の馬鹿さか加減に呆れた。目を開けてみた。暗闇に目が慣れたのか、少し見えるようになっていた。分厚い雲を突き抜けた微かな月明かりが僕だけを照らしてくれている気がした。勘違いも甚だしい。涙を拭いた。暇なので鼻歌を歌った。息苦しかった。むせた。
 どれだけ歩いたのか分からない。大分疲れていることだけは確かだ。一時休憩を取ることにした。ガードレールに腰掛ける。宇宙で浮いてるって多分こんな感じかな、なんつって。風も無い。湿気は多い。虫の声がやたらに五月蝿かった。欠伸が出た。いつもなら当然の如く寝ている時間なのだ。手の甲で目を擦る。もう少し頑張ろう。
 立ち上がって、再び歩き出す。頼りない視界を頼りに。足の裏から感じる冷たさが唯一の友達。鼻水を啜った。それから、また随分と歩いた。たまに走った。たまに踊った。ごく稀にこけた。鼻血が出た。ちょっと自分でウケた。そうしている内に、たぶん、きっと、僕が目指していたであろう場所に着いていた。真新しくなったガードレールを越える。座り込んで、崖から足を垂らした。今なら簡単に空も飛べる気がする。気のせいだけどね。風が少し出てきた。僕にも変わらない大事なものがあった。変わらない筈だった。反転した。ひっくり返った。全ては夢だったのかなぁ、なんて。ロマンチックなことを考える。黒い世界は、僕の心を落ち着かせる。ぐるぐるぐるぐる回る僕の心を消してくれる。何も無いなら、最初から無い方がいい。そっちの方がエコだ。世界的にも、僕としても。豊かに肥えて重くなってしまった僕の中。ダイエットするにも手遅れなふくよかさだった。無理矢理下剤を飲まされて下痢して、頬がこけるほどに絶食させられて、今に至る。時代のニーズに答えて、スリム化に成功した。誰も頼んでいない。
 さてと、と腕を交差させ、指と指を絡めて、ストレッチ。準備は万端だ。そろそろ眠い。欠伸が止まらない。涙が少し、睫毛に絡まる。邪魔くさい雫を拭った。よっ、と掛声ひとつ。
 僕はこれから夢を見る。ここでしか見れない夢。覚めない夢。新しい世界の始まり。僕の終わり。











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