「西園」
「はい」
「この猫耳つけて」
「は?」
「猫耳つけて」
「は?」
「ねこみ」
「は?」
「美魚にゃん」
「しゃべんな」
「はい……」
 半同棲生活、というかもうぶっちゃけて言えば同棲生活も随分と月日が経った。具体的には三ヶ月ほど経った。二人の戦績は向かうところ敵なしの常勝不敗。負け知らずの快進撃である。更に言えば、宝くじが当たった。二人で勝ち分を使って買った宝くじが当たった。それはもう普通に一等が当たった。誰にも言わずに二人でコソコソと分配した。もう遊んでるだけで寿命を全うできるレベルに行き着いてしまった。
 こうなると人間、待つのは堕落である。更に言えば疑心暗鬼。誰も信じることは出来ない。ここでかつての仲間が「よっ! 元気? 久しぶり。今なにしてんの?」なんて来た日には、絶対こいつ金狙ってるわ、という考えに苛まれてしまうのは確実だった。だから、まずは街を出た。知らない街へと引っ越した。ちょっと広めの2DK。二人で住むには十分だ。
 恭介はひたすらアニメにエロゲ、更にはネトゲの堂々たる廃人ぶりを見せていた。傍らの美魚もまた、過去の機械音痴ぶりなんぞ忘れてしまったかのごとくハイスペックPCを使いFPS三昧の日々を過ごしていた。
 寂しいとか、生きる意味とか、友達とか。そういうのって、金が無い奴の言い訳ですよね。
 ああ、そうだ。そういうことだ。俺達はめっちゃ金持ってるからな。なんか全部どうでもよくなったな。
 そうですね。そういうことですね。あほらしいですね。
 あほらしいな。あほらしいよ。なんだろうな、これ。なんていうの? 逆につまんないな。
 そうですね。ヒリヒリしてましたね。パチンコなんて子供お遊びに成り下がってしまいましたね。
 そうだな。そういうことだ。こうなると刺激が足りないよな。ピリっとした刺激が欲しいな。
 あ。
 どうした?
 何吸ってるんですか?
 煙草だよ。大丈夫。煙草。普通に煙草。
 葉っぱならいいんですけど、ケミカルはダメですよ。ケミカルはやばいらしいですよ。どうやばいかわからないですけど。
 ああ、そういや三枝がケミカルったって話だな。
 三枝さんは存在がケミカルみたいなものでしたからね。
 お前、おもしろいな。わっはっは。
 笑うな。
 あ、はい。すいません。
 謝る恭介の手から落ちた猫耳カチューシャを拾い上げて、なんとなしに頭にのせた。ついでに「にゃん」と言ってみた。刺激になるかと思った。そうでもなかった。美魚にとっては大した刺激にはならなかった。恥ずかしさも感じない。無感情にもう一度「にゃん」と言ってみた。やっぱり何も感じなかった。
 しかし、恭介にとっては大興奮の一手だった。鼻息荒く美魚に飛びかかった。「やめるにゃー」とわざとらしく言う美魚にまた大興奮である。二人の爛れて乱れて溺れた生活は行き着くところまでいっていた。
 初めては酔った勢いだった。一度一線を越えてしまえば、後は簡単だった。そんなものだ。若い男と女が一つ屋根の下で暮らすといつかはこうなる。そこには神聖さだったり純粋さだったり清廉さだったり。そんなものは存在せずただただ肉欲とか愛欲とか情欲とかそういう本能にまみれた小汚いお猿さんが二匹いるだけだった。
 ただ性欲があるって、それだけで、これほど毎日毎日肉体を貪り合ってるわけではない。しょうがないのだ。しょうがなく、こんなことをしてるのだ。相手に触れて、相手を抱きしめて、相手を貫いて貫かれて。初めて自分の存在を確かめることが出来るのだ。働いたり、ちょっと稼いだり、そんなことをしなくてもいい状況になって、外界との関係を遮断して、二人だけの現実世界で生きていくには、あまりにも未成熟なのだ。それも自覚していた。だから、こんな気持ちの悪い気持ちのいいことをせざるを得なかった。
「恭介さん」
「なんだ」 
「みんな、いま、なにしてるんでしょうか?」
「さあな」
 理樹と鈴はセックスでもしてるんだろ。そう言って鼻で笑った。
「わたしは」
 美魚は猫耳をしたままで「さびしいにゃん」と言った。
「なにが寂しい? 寂しいわけあるか。さっきお前が言っただろ。金が無い奴らの言い訳だって。そういうことだろ?」
「さびしくないですか?」
「俺か? 別に?」
「うそだにゃ」
「うそじゃない。こんな時にそんな話するな。萎える」
「萎えろよ」
「うるさい」
「会いたいです」
「だまれ」
「みんなと会って、笑い合いたい」
「うっせー。現実見ろ。もう無理なんだよ」
「なんでですか?」
「子供じゃないから」
「子供ですよ」
「子供はこんなことしないだろ?」
「子供だからしてるんですよ」
「うるさいよ。だまれよ。しゃべんなよ。キスするぞ」
 体を許しあった中ではあったが、口と口を合わせるキスは未だにしたことがなかった。それをしたら何かが壊れてしまう気がした。それ以上のことをしてるのに。いや、それ以上のことをしているからこそ、そこに神聖さを感じたのだ。付き合ってもいない二人が突き合ってるという事実があるから。だから、キスはしない。しちゃいけないのだ。
「いいですよ。しましょうよ。キス」
「やめろよ。ごめん。やだ。やめよう」
「わたし、恭介さんのこと」
「言うなよ。壊すなよ。今のままでいいだろ? なあ?」
「逃げててもさびしさは消えませんよ?」
「いいじゃん。逃げても。怖いじゃん。現実」
「怖いですね。現実」
「立ち向かう必要ある? なくね?」
「……ないですね」
 グッと恭介が美魚の体を引き寄せて抱きしめる。そして、ソっと唇に唇を重ねた。それから舌を絡めて、貪りあった。今までしなかった分をするみたいに、とても長い時間キスをした。アゴが外れそうになるぐらいの時間、キスをした。
 現実と夢と体と体が溶けて混ざって実体が無くなってドロドロの汗だけになった。
 頭に残ったのは「ああ、気持ちいい」って、それだけ。
 それでいいよね。
















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