慣れって言うのは怖いものだ。恭介は布団で眠る美魚を見てしみじみと思う。
 毎朝毎晩パチンコ屋に入り浸ることも普通になった。それを二人で一緒に過ごすことも普通になったし、酒飲みながら家で反省会するのも普通になった。ついでに、毎回美魚が馬鹿みたいに玉を出すのも当たり前になったし、恭介が足を引っ張って途中から箱を貰って打ったりもう漫画でも読んでろと言われて休憩室で泣きながら「あしたのジョー」を読みふけるのも至極当然の事象と成り下がった。
 美魚は家に帰らない。理由は知らない。聞かないし、聞こうとも思わない。ただ、この生活が存外楽しい。それに、誰かと一緒にいないと、自分のダメっぷりに押しつぶされそうになるなんて、誰にも言えない。
 少し前まで、一人で眠っていた頃。会社をやめて、やることもなくて、適当にプラモ作ったり、パチンコ行ったり、煙草吸ったり。そんなことをしていていると、太陽はゴリゴリ動いているし、時計の針もグルグル回ってる。自分だけが停滞していた。
「働きたくないでござる!」
 ネットで見た画像は自分の言葉を代弁してくれていた。
 ただ、毎日を自由に過ごしていたいだけなのに。その願いが叶ったっていうのに。待っていたのは閉塞感だった。息苦しくて、何も追ってきていないのに、何かに追われている気がしてしょうがなかった。でも、美魚と一緒に過ごすようになって、それも無くなった。
 だって、自分よりももっとダメな人間がいたのだから。俺、まだ大丈夫じゃん!って思えた。
 それはさておき、この生活が始まって、気づけば恭介の家の中は随分と変わっていた。どんどん美魚に侵食されていた。歯ブラシは二個ある。マグカップも二個ある。箸も美魚専用のものがある。服も、気づいたらカラーボックスが増えていた。そして、とんでもないことに、フィギュアを置いておいた棚は全て美魚の本棚へと変貌を遂げていた。ちょっとだけ、ねえねえ美魚ちん、そこ僕の宝物がいっぱい置いてあるからやめてよ、みたいなことを恭介が言ったのだが、一言で済まされた。
「最近、勝ってるのは誰のおかげですか?」
 冷たい女だ。なんでこの女は俺には強気なんだ。ていうか、いい加減学校ぐらい行けとか思う。あと、なんで寝る場所が美魚がベッドで、俺は炬燵になるなんて逆転現象が起こってるんだろうか。いっそ、一緒の布団で寝て驚かせてやろうか。そんな子供っぽい悪戯心が芽生える。役得ってことでいいじゃん。許してちょんまげ。
 西園さんチーッスとか言いながら布団の中に片足だけ突っ込んでみる。美魚は、「う、うーん」と唸りながら壁際へと寄っていった。まるで一人分のスペースを空けてくれてるかのように見えた。ていうか、そういうことにしよう。そうしよう。そうに違いない。自分に言い聞かせる。
 空いたスペースに身体を滑り込ませる。ふわりといい匂いがした。ここ数日で嗅ぎ慣れた美魚の匂い。マリンブルーとかよく分からない匂いのシャンプーを使っていたっけ。布団の中は安心できる人間の温もりでいっぱいだった。布団全体から彼女の匂いが漂う。まるで西園に抱きしめられてるみたいだぁ、とか変態的なことを考えてると美魚がこちらに寝返りをうった。顔面距離にして約五センチメートル。お、おうふ、と思うけど、折角の機会なのでマジマジと彼女の顔を見てみる。なんとも整った顔つきで、ちょっぴりドキドキする。そして、自分が彼女と一緒の布団に入ってるという状況に今更ながら、あれ、これ、ちょっとやばいんじゃね、とか思い出したところで、パッチリと美魚の瞳が見開かれた。
 瞳孔に映る自分の顔がしっかりと見える距離。変な汗が出てきた。なんて言い訳しようかしら。一気に捲し立てて自分に非なんて一切無いと主張しようか。それとも、今日の戦略でも立ててみようか。そっとベッドから出て爽やかな顔で「おはよう!」と歯を光らせればいけるかもしれない。うん、これだ。さわやか三組大作戦だ!
 恭介が完全にパニクって明後日の方向に思考を飛ばしていると、美魚の両手ががっしりと恭介の頭を掴んだ。えー、って思った。
「えー」と口走った。
「恭介さん」
「はいー」
「ひとつ確認してもいいですか?」
「どうぞー」
 この時、少しだけ死を覚悟したのか、理樹達と一緒に遊んだあれやこれやが走馬灯ちっくに駆け巡った。
「これは夢ですか?」
 チャンス到来である。
「夢。超夢。夢オブザ夢」
「そうですか」
「そうなんです」
「私、恭介さんに結構感謝してるんです。何も言わずに、何も聞かずに置いてくれる。ただ昔一緒に野球をしてただけなのに。普通は理由ぐらい聞くでしょう。でも、恭介さんは何にも言わないで、しかも布団まで提供してくれるし、本棚まで貸してくれるし」
「後半はお前が勝手にやったことだけどな」
「それに、自分よりダメな人がこんなにも近くにいるって思うとなんだか気が楽になるんです」
「同じこと思ってたー」
「恭介さんのヒキの弱さには呆れてしまうんですけど、それもまあ、家賃と思えば、いいかなぁって」
「本当ごめんなさい」
「夢だからいいますけど、昔、恭介×理樹本とか学校で売りさばいてたんです」
「おい、てめ、こら」
「すごい売れ行きでした。皆抱いてたんですね。私と理想を。ああ、素晴らしいです」
「卒業間際にやたら女子から鋭い目付きで尻を見られていたのはお前のせいか」
「そんな恭介さんだから、私は安心して同じ家で眠ることが出来るんです」
「男として見られてないと?」
「男にしか興味ないでんすよね」
「素敵な笑顔でそんな事言われても返す言葉に困る」
 数日前に散々誤解だと説いたというのに。もうこのネタ風化してるだろと思ってたのに。
「あのな、西園」
「はい。あ、まさか、バイセクシャル!」
「すごいこと閃いた、みたいな感じで言わないで」
「そうですか。ああ、朝食、どうします?」
「え? ああ、いつも通り朝マック行く?」
「そうですね」
「んじゃ、着替えろ」
「はい。あ、その前に」
「なに?」
「とっとと布団から出ろ痴漢野郎」
「ぐふっ」
 鳩尾にいい蹴りもらいました。











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