「恭介さんがキモいのは分かりました」
「分からなくてよろしい」
 小さな炬燵を囲み、恭介の淹れた緑茶を啜る。
「あ、みかん食うか?」
「頂きます」
 渡されたみかんの皮を丁寧に剥いていく。薄皮に張り付いている白ものも剥がしていく。恭介はというと、真剣な表情で、先ほど粉砕されたプラモデルの修復に勤しんでいた。そういった無駄なことに力を入れるところはいつまでも変わり無いらしい。スペアもあるのだが、そこは恭介のプライドが許さないようで。やれることはやりたいんだ。遠い目で、そう言う恭介は、やっぱりキモかった。
 みかんを一粒頬張る。季節的にまだ早いからか、甘味が少ない。
 真面目な顔しててもやってることがなぁ、とか考える。そういえばと。今まで恭介の顔をマジマジと見たことがないなぁ、なんて。折角の機会ということで、見つめてみることにした。目は切れ長。鼻筋、すっと通ってる。肌、綺麗。なんてことだ。かっこいいじゃないか。しかも、優しくて、ユーモアに溢れて、決断力もあって、頭の回転も速くて。こうやって、恭介の長所を挙げていくとキリが無い。なんてことだ。完璧超人じゃないか。ただ、学生の頃から、不思議と浮いた噂は聞いたことが無かった。まあ、卒業まで野球やらなんやらとリトルバスターズの活動に一番積極的に取り組んでいたのは恭介だったし。そんな暇は無かっただろう。あったとしても、バスターズ内になるなのだが、誰と誰が付き合ってるなんて話は、一部を除いて無かった。美魚が見ていた中で、一番恭介の相手として怪しかったのは理樹なのだが。しかし、彼はあくまで男なわけで。自分の妄想の中では、何度も交り合っている二人だが、現実ではどうだろう。思い返してみる。
 ……。やはり二人は付き合っていたんだろうか? 思い返せば返すほどに、付き合ってるようにしか思えなくなってきた。目の前の恭介は、未だにプラモデルをいじっている。頭部の破損はどうにか修復できたようで、今度は胴体部分の修理を始めている。聞いてみようか。みかんを一粒頬張る。すっぱい。直接、理樹と付き合っているのかと聞くのは流石にどうかと思う。なるたけ、遠まわしに聞いてみることにした。
「恭介さん」
「ん?」
「恭介さんは、彼氏はいないんですか?」
「俺の耳がおかしいのかな。西園の頭がおかしいのかな」
「恭介さんの頭がおかしいんじゃないんですか? それで、彼氏はいるんですか?」
「やっぱり、西園の頭がおかしいんだな」
「失礼ですね」
「お前が失礼だ。俺をどんな人間だと思ってる」
「……ホ」
「それ以上言うな。せめて、ロから始めてくれ」
 それでも嫌だけど、と付け足す。
「人と違うことを恐れてはいけません。寧ろ、自分は特別な人間なんだと勘違いすべきです」
「あ、そこのタンスからニッパー取って」
「……これですか?」
「ありがと」
 うまくはぐらかされてしまった。お茶を啜る。みかんと緑茶は最高に合わないことを発見した。
「それで、どうなんですか? 付き合ってたんですよね。直枝さんと。わたしには分かっています。二人を見ていれば分かります。きっと誰にも言えなくて辛かったんだと思います。だから、もう、無理しなくてもいいんです。赤裸々に語ってください。わたしは、恭介さん達の味方ですから。どんな凄まじいことをしていたのか。二人の愛欲に塗れた、繊細でエロティシズム溢れる性生活のことを」
「あの、鼻血、止めて」
「失礼」
 恭介が差し出した箱ティッシュから一枚抜き取り、丸めて塊を作り、鼻にずっぽしはめ込む。
 そんな美魚の姿を見てふう、と恭介がため息を吐く。作業を一時中断させ、固まった体をストレッチで解す。緑茶を一気に流し込む。
「なあ、西園」
「はい」
「理樹は鈴と付き合っている。これはお前も知っているな?」
「カモフラージュですね」
「ちがーう」
「ええっ!」
 あまりに驚いたので、鼻からティッシュの塊が飛び出た。鼻血も飛び出た。
「本気で驚くなよ。はい、ティッシュ」
「ありがとうございます。てっきり、あれは世間の目を、んしょ、はざふく、ん、欺くための建前だとばかり」
「あと、俺だって普通だ」
「普通にホ」
「せめてロから始めてください。お願いします」
 本人から公式にロの字であるという見解が示されてしまった。みかんをもう一粒。微妙に甘い。種が入っていた。ガリっといった。思わずティッシュにペッとした。行儀が悪いぞ。ごめんなさい。いや、別にいいんだけどね。
 気づけば、ちょっと前の状況に元通り。プラモデル修復に没頭する恭介。美魚は二個目のみかんの皮を剥いている。丁寧に剥く。暇。
「テレビ、見る?」
「あ、はい」
 美魚の方を見ず、作業も中断させず、恭介が指をさす。その方向を追っていくと、リモコンが置いてあった。若干、距離があり、炬燵から少し出る必要があったが、そこは折角の温もりを手放すこともできず、寝転がり手を伸ばすが届かないので、せめて足だけはこの世界から出ないぞ、と気張り、なんとかリモコンをゲットした。電源ボタンを押す。しかし、テレビの電源は入らない。連打。入らない。叩く、連打。それでも一向にテレビは自分の能力を発揮する素振りを見せない。何故だ。
「あの」
「なんだ?」
「テレビつかないんですけど」
「はあ? んなわけないだろ」
 貸してみな、という恭介にリモコンを渡す。だが、押せども電源が入ることはない。恭介も首を捻る。今朝はついたんだけどなぁ、とか思う。テレビを確認すると、答えは簡単だった。
「主電源入ってねーや」
 てへ。ひとつもかわいくない。美魚としては、先ほどの女の子としては、はしたない行為が一切報われなかった訳で。ため息交じりに立ち上がる。外の世界は寒かった。我慢することは厳しい。大股を開きテレビまで近づく。主電源を押す。が、テレビは動かず。なんでだー。
「あ、わりー。たぶん、コンセント抜いたわ。今朝」
「本当余計なことしてくれますね」
「エコだよ」
 たぶん、今朝のニュース番組でそういった内容の特集があったのかもしれない。すぐに影響される男、棗恭介。成長が見られない。今のプラモデルに真剣に立ち向かう姿を見るに成長どころか、後ろに真っ直ぐ歩いているようにしか見えない。そうは言うものの、自分だって確実に後ろ向きで進んでいるわけで。似た者同士なんだろう。だから、久しぶりに会っても、素で接することが出来たんだろう。コンセントを差し込みながらそんなことを思った。
 再び、大股開きで歩き、炬燵に戻る。寒くてしょうがなくて、体全部をこたつの中に潜らせる。
 テレビでは、しょうもないバラエティ番組がやっていた。ひとつもおもしろくなかった。





「よし、完成」
 額の汗を拭い、ふう、と息を吐く。自分でも惚れ惚れするほどの修復技術に、俺メカニックでもいけるんじゃね、とかSFの世界に旅立ってみた。
 ふと、時計をみる。既に時刻は深夜零時なんぞはとっくの昔にすぎて、深夜番組も終わって、ひたすらニュースがループし続ける時間帯へと移行していた。もうこんな時間か、と思って、美魚を見ると、炬燵で丸くなる猫の如く、グースカピーと眠りこけていた。おいおい勘弁してくれ、と思う。そういえば、美魚の家は、こんな時間まで居て何もいわないのだろうか。そんなことを今更ながらに思う。家に来い、と言えば二つ返事で了解を得ることが出来た。遠い遠いと文句を言いながらもついてきた。途中、おんぶしたことは忘れておいてあげよう。まあ、寂しかったんだろうな、と適当な結論を付けた。
 深夜アニメの録画を忘れたことに気づいて、悶絶した挙句、不貞寝した。









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