「生二つ。あとつまみ適当に二千円分」
 どこにでもある居酒屋のチェーン店。どうやら恭介はここの常連らしい。そして、注文の仕方はいつも通りらしく、当たり前のように恭介のアバウトな注文にも笑顔で、畏まりました、と快諾し、店員が去っていく。物事が非常にスムーズに進んでいく中で、一人だけその輪に入れずモジモジとぎこちなく、挙動不審に周囲をキョロキョロ見渡す人物が一人いた。西園美魚である。
「どうした?」
 美魚の挙動があまりにも不審だったので、恭介が声を掛ける。
「え?」
「いや、なんだか初めて万引きした女子高生みたいになってるから」
「そんな、お世辞はいいですよ」
「一切お世辞は言ってないんだが」
 やはりおかしい。明らかに動揺している。怪しすぎる。遂には鞄から本を取り出して読み始めた。彼女の中で一体何が起こったというのだろうか。
「この店に知り合いでもいるのか?」
「友達なんてわたしにはいません」
 悲しいことを言い出した。深く突っ込まないことにした。居酒屋で本を読む女。あまりお近づきになりたいタイプではないなぁ。
 どう接していいか分からないので放置することにした。まあ、西園だしな、と理由にもならない理由を自分の中で作り、無理矢理納得したことにして、とりあえず、間が持たないので煙草に火を着ける。暇なので、そのまま美魚の姿を見守ることにした。改めて見ると、中々かわいい顔をしてらっしゃることに気づく。理樹の連れてくる女たちは皆一定水準を越えた容姿をしていたなぁ、と今更ながら思う。あと、貧乳も多かったなぁ、と今更ながら思う。それから、自分はどちらかというとぺったんこの方が好みではあるな、というかなり末期的な考えに至ったところで、「お待たせしました」と、ビールと枝豆が運ばれてきた。
 だが、目の前にビールやら何やらと置かれているのにも関わらず、美魚はまだ本を読んでいた。あまりにシュールな光景に自然とため息が出る。
「おーい、西園」
「はい」
「本をしまえ」
「本はわたしの唯一の友達ですが」
 変なキャラになっていた。
「何をさっきからテンパってるのか知らんが、落ち着け。あと、本をしまえ」
 渋々といった感じで美魚が本を片付ける。
「恭介さんはひどい人です」
「え? なんで?」
「わたしを友達から引き離しました」
「そのよく分からんキャラは、もう十分堪能したから。とりあえず、乾杯しようか」
「乾杯……いきなり、そんな高度な技からいきますか」
「そのツッコミが高度すぎて理解できん」
「ジョッキを持てばいいんでしょうか」
「うん」
 頷き、ジョッキを右手で持つ。それを模倣して美魚もジョッキを片手で持とうとしたら、重くて持てず、しょうがなく両手で持ってみたが、それでもきついらしく、ものすごいバイブレーションしていた。どんだけ力無いねん。
「はやく進めてもらえないと、わたしの腕から破滅の音が鳴り響きます」
 顔を赤くしてプルプル震えている西園は、そういう玩具みたいでおもしろいから、このまましばらく眺めていようかなとか、鬼畜なことを考えたりもしたが、流石にそれは可哀想だし、今日は西園のおかげで勝てたみたいなものだし、というか、西園一人だったら今日も十万は勝っていただろうし。ここでまさかの放置プレイとかをした日には人として間違っているんじゃないか。そもそも俺の人生は間違えだらけなんじゃないか。ていうか、今の状況が意味分からん。なんで俺と西園が二人でパチンコした挙句に二人で飲みに来ているのか。そして、俺の奢りだからとか言ったのだろうか。そんな余裕、俺にあるんだろうか。
 などと、恭介がグダグダと考えている間に美魚の両腕が破滅した。
 笑った。





「酷い人です」
「すまん。わざとなんだ」
「最悪ですね」
「最悪なんだ」
 そう言って恭介はにんまりと笑う。悪戯に成功した子供のように。
 その顔を見て、恭介は大して変わっていないなぁ、とコップに注がれたビールを飲みながら美魚は思う。
 ちなみに、ジョッキは恭介の手で処理されることになり、美魚は瓶ビールをコップで飲む形になった。勿論、ビールをコップに注ぐのは、恭介の役目だ。コップとジョッキでささやかな乾杯がとりおこなわれた。ちびちびとビールを飲む。思っていたよりもおいしいものだった。既に、瓶の中身は半分ほど美魚の胃の中に納まっている。
 最初、挙動不審だったのは、居酒屋に入ることが初めてだったからだ。その程度のことで緊張してしまった自分を恥ずかしく思う。慣れない環境に放り込まれるとテンパってしまう。更に、珍しく自分の親しい人物との食事ということもあり、見た目には一切出ていなかったが、テンションは間違いなく今世紀最高水準まで上がっていただろう。そのことを恥ずかしながらに、恭介に言うと爆笑してくれた。むかついたので、刺身舟盛りを頼んだ。なんせ、今日は恭介の奢りなのだから。
 なんだか気分がいい。これが酔うということなんだろうか。お酒を飲むのは、人生で初めてである。恭介には初めてを捧げてしまった。責任を取って貰おうか、などと阿呆らしいことを考えた。笑みがこぼれる。
「大丈夫か?」
「え?」
「顔、結構赤いぞ」
「気のせいです」
「いや、赤い」
 その証拠だ、と恭介が携帯を構える。ピロリロリンと間抜けな音がした。ほれ、と見せられた携帯の液晶には、自分のしっかりと赤くなった顔が映っていた。
「撮影料二万円です」
「高っ」
「写真は……恥ずかしいので」
「これは俺の待ち受けにしてやる」
「肖像権の侵害です」
「素人が抜かすな」
 楽しい。恭介が居て、自分が居て。誰かと何かをしてる。まるでそれは高校時代の夢のような時間の再演のようで。きっかけはパチンコという最悪なものだった。それでも結果が良ければ何でもいいじゃない。もっと早く、誰かとこうして会えば良かったのかもしれない。でも、それは出来なかった。携帯が使えないなんて言い訳だ。まあ、本当に使い方は分からないのだが。それでも努力すればなんとかなったはずだ。それをしなかったのは、怖かったから。もし、断られたらとか、そんなしょうもないことを考えて。無知な自分を演じることで、自分には出来ないと決めつけて逃げてきた。
「携帯の使い方、教えてくださいね」
「約束だからな」
 今度、誰かに連絡してみよう。そう思った。





 それから、今日の反省会をした。恭介一人で来ていたのならば、四万円は軽く負けていたような状態であった。たまたま、美魚の当りが早く、それがむちゃくちゃ連チャンしたおかげで何とか今日は勝つことができたが、今後もそういった形で勝っていけるわけが無い。戦略ではなく美魚の運という、正にギャンブル的要素に頼るのは非常に怖いことであるし、何より自分が当たらないのがつまらない。たまたま、今日はむちゃくちゃ釘の甘い台に座れたから良かったものの、見事抽選で三番目の入場をを手に入れたにもかかわらず、今更バルタン星人とか設置もレアなクソ台に座る美魚はあまりにも危険である。しかも、座った理由がかわいいから。どうしようもない。
 その辺のことを注意するが、今日の自分の成果はあんまりにも酷く、説得力が一切ない。ちなみに、恭介の番号は128番だった。
 意外にも議論は白熱した。美魚も酔っているせいか、普段よりも饒舌だ。喋った中で分かったことがあった。
 美魚はど素人である。まずは、パチンコの基礎を叩き込まねばなるまい。そう思ったところでラストオーダーの時間になった。
「西園、今日はまだ時間大丈夫か?」
「はい。特に予定は無いので」
「門限とか無いのか?」
「あるならとっくに帰ってます」
「そうか」
 うーん、と一度考える。そして、閃いたらしい。よし、と頷く。
「じゃあ、家に来い」








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