一回目の人生はセカンドフライを捕るのをミスって、先輩にもらった危ないクスリでハイになり過ぎて死んだ。
 死んだ後は、おもしろそうだからと生徒会長のカワイコちゃんを皆でイジメて遊んだり、ちょっと気に入った子に「結婚してやんよ」と言って成仏させたり、とそれはそれで充実した死後ライフだった。死後でライフとかいうのも意味が分からないな。
 十分楽しんだので成仏してみたら、また人間に生まれ変わったみたいで。前世とか死後とかの記憶も残ってる、若干チート風味の復活だったので、今度の人生は悔いの残らないように真っ当に生きようと奮起してみたものの、セカンドゴロをトンネルしてしまって、再び先輩にもらった危ないクスリでハイになり過ぎて死んだ。
 そうしたら、また死んだ後のあの世界にこれちゃったので、どうすっかなぁって思ってたら、俺の「結婚してやんよ」で成仏したユイを発見した。向こうもこちらに気づいたようで手を振りながら笑顔で走ってきた。なんとなくチョップしてみたら「あにすんだコラァ!」と脛にローキックをされた。「また死んだの?」と聞くと、「いやぁ」と頭をポリポリ掻いて「恥ずかしながら、またもや動けない身体になっちゃって、看護婦さんの点滴ミスで死んじゃったんですよぉーあははー」と言ったので大爆笑した。ジャンピングローリングソバットを延髄にぶちかまされて悶絶した。むかついたので「結婚してやんよ」と言うと、またユイは成仏してしまったので、俺は俺でそこら辺のやつと野球して、セカンドゴロを捕って成仏しておいた。
 そうしたら、またまた人間に生まれ変われた。勿論『強くてニューゲーム』状態。ここはひとつ何か目標を設定して生きていこうと思う。野球はもうコリゴリだ。それならサッカーだ。幼少期から親に頼んでクラブチームに入れてもらい、それから人生をサッカーに賭けようかと思った。価値のある人間になることこそが生きる意味なんだと思ったからだ。けど、高校に入ってからの大会で見事なオウンゴールを決めて、先輩にもらった危ないクスリでハイになり過ぎて死んだ。
 またやっちゃったテヘ、って感じ。案の定、いつもの世界にご帰還である。たまたまか運命か知らないけど、またユイがいた。ゆっくり近づき、お互い無言で顔を合わせ、ため息をついて、それから適当に目的地も無く歩いた。グルグルとこの世界を練り歩いた。何も変わってないココと、何も変わらない俺達と、微妙に変わっていく住人達。欠伸が出るほど退屈で、平和で、ゆったりとしていて、生きることを否定されているような、このままこの世界にいることこそが幸せで楽しいことなんじゃないか。当然の事実が転がっていた。ここで成仏しても、また生まれ変わって、何かミスして、先輩に危ないクスリもらっての繰り返しで再びここに戻ってくるだけだろうよ。
 気がつけば昔、皆で魚釣りをした川辺に来ていた。そこら辺の土を釣竿にして二人で並んで、ぼんやりと餌も付けずに魚釣りをしていた。無為に時間が過ぎていく。なんでこんな世界に時間の概念があるのだろう。朝、昼、夜の流れだけでなく、四季まで存在する。何を目的に誰が作ったのか。ゆりっぺは神がどうとか言ってたけど、こいつ頭おかしいんじゃねーの、と思いながら聞いていたっけ。あいつらにはもう二度と会えない気がした。その代わりに、横でマヌケ面で釣りをしてるコイツには死ぬたびに会える気がした。この世界の秘密を解き明かそうなんて思ってもないし、あっちとこっちの関係もよく分からないし、どうもループしてるのは俺達だけみたいだし。
 ちらりと横に座るユイを見てみる。欠伸をしていた。それが移って、俺も欠伸をした。涙目でぼんやりと世界にフィルターがかかる。キラキラ輝く水面が妙に幻想的で。昔見たファンタジー映画みたいな色を見せる。そのフィルターを使ってユイを見てみると妖精さんみたいに見えて、ムラムラしてきたので抱きしめた。
 しかし、俺の唐突な行為にユイは無関心だった。ギュッと細い腰を抱きしめて耳元に吐息を吹きかけているというのに、俺の耳に届いたのは「ふぁ〜」という可愛らしい欠伸だった。俺達の情熱的な愛情的な感情的な純情的なあれやこれやはなんだったのかと。
 だから、耳元で囁く。「どうして死んだ?」「前と一緒」「記憶、持ってた?」「うん」「なんで同じことしちゃうんだろうな」「なんででしょうね」「クスリは依存性があるからかな」「先輩は人間のクズですよね」「まあね」「開き直ってるクズが一番タチ悪いですよ」「もうどうでもいいよな」「そうですね」
 もう一度欠伸をするユイ。「結婚してやんよ」お決まりの台詞を言う。「ああ、ああ、はいはい。ありがとうございます」成仏しなかった。「今更、結婚に夢も希望も未練も何もかも感じないですよ」どうして?「どうせ生まれ変わっても動けなくなって死ぬんですから。今回なんてもう動けないと分かった途端に舌噛み切って死にましたよ」女の幸せは結婚とか言ってたじゃねーか。「人間の幸せは動けることですよ。スポーツではちゃめちゃ弾けてた先輩には一生分からないことでしょうけどね。もう三生ぐらいしてるのに、理解してないんだし」散々な言われようだった。
 何なんでしょうね。そう言ってユイは釣竿を手放した。俺のムラムラはもうどっかにいってしまった。この世界で性欲の扱いはどうなっていたんだろう。思えば以前まではあまりそういったことは感じ無かった。ゆりっぺのニーソにムラムラしたぐらいだな、えへへ。これはひとつの変革なのかもしれない。世界は歪んでいるんだ。俺達の知らない内に。何か面白そうな予感がした。だから、提案する。
「ゲームをしないか」
「どんな?」
「向こうの世界で会うっていうゲーム。先に見つけたほうが勝ち」
「乙女としては、見つけてもらいたいですけどね」
「負けた奴は勝った奴の奴隷になる」
「ぜってー見つけてやるからな!」
 そう言ってユイは成仏した。
 俺も適当にそこら辺に転がっている石をサッカーボールに見立てて蹴り飛ばした。
 成仏した。




 人生はゲームだ。俺にとっては。マジで。
 死んでも、どうせ生まれ変わるし、死後の世界でユイに会えるのはそれはそれで楽しみだし。
 残った人が悲しむなんてことはどうでもいいことだし。親にしたって、ニセモノにしか思えないし、この人達だって死んだ世界のことを知って遊んでるだけかもしれない。子供を作るというのはこっちの世界限定のゴッコ遊びなのかもな。向こう側で性欲をあまり感じなかったのはそういう事だと思う。何度も何度も行ったり来たりしてるうちに俺だけ、その辺りの感覚を引きずっちゃってるのかもしれない。この前死んだ時は別に性欲は感じなかったし、その時々の変わるのかもしれない。神様も適当だなって思うよ。
 でも、変な法則はあるみたいで。俺が生まれる先は毎回『日向』さんの家だった。そのあたりユイに聞いてみると「苗字は変わるけど、毎回名前はユイ」だそうだ。あと、何かしら未練を残して死ななければいけないというのは分かっているので、工夫しようと思ったけど。
スポーツでミスって先輩の危ないクスリでハイになり過ぎて死ぬ。やはり、自分の一番慣れ親しんだ死に方がしっくりくる。一度、自殺してみたけど、あれはあんまりやりたくないなぁ。怖いんだよね。死んでも、向こうに行くだけだしとは思っても恐怖を感じる。ユイはとりあえず、身体が動かなくなったら舌噛み切って死ぬようにしてるらしい。親に迷惑かけるのもあれだし、動けなくなったら探すことも困難だし、だとか。
 俺も、段々めんどくさくなってきて、もう死のうかなぁって思って死んだりとか、物心ついて全てを把握した時、隣の家の女の子の名前がユイじゃなかっただけでダイブして死んでみたりとかやりたい放題だわ、マジで。その昔、音無が教えてくれた生きることの素晴らしさとかは、紙より薄っぺらく感じていた。あいつはそういう人種だから頑張って生きて欲しい。まあ、俺はめんどくさくなったら死ぬけどね。
 長いこと死んだり生きたりを繰り返した。それでも、いつだったか俺が言った「六十億分の一の奇跡」を起こすにはまだ足りないらしい。
 どっちが生きてる世界でどっちが死んでる世界か境界が曖昧になってきていた。たまに間違えて、こっちの世界の感覚で向こうで死んでみたり、こっちで必死こいて死ぬの回避してみたりとか。
 ユイはこっちの世界のほうが好きらしい。向こうだと動けなくて本当につまらないんだそうだ。人に迷惑かけるだけの、自分のやりたいことを一つも出来ない、二酸化炭素を撒き散らすだけの人生で生きてるって言える? なんて聞かれたら、なんとも答えようがない。
 遂に俺達は禁断の方法に手を染めることにした。もう確率で遊ぶゲームは止めだ。飽きた。もういい。俺達二人で幸せになろう。
「待ち合わせをしよう」
「なんの?」
「向こうの世界で。俺達、出会おう。それで結婚しよう」
「えー」
「もうゲームとかいいわ。お前と結婚したい。ぶっちゃけ子作りとかしてみたい」
「ユ、ユイの身体だけが目的だったのね!」
「なにその初な反応」
「いや、だって、その、ね……」
 え、なに、こいつ。もしかして。
「しょ」
「それ以上言うんじゃねぇーカス!」
 胴回し回転蹴りで首の骨を折られた。




 はてさて、何回目の人生だろうか。もう数えていないから分からない。
 こっちの世界と向こうの世界は時間が同一上ではないらしい、というのはこれまでの経験から分かっていた。最初の人生をスタート地点とすれば、過去だったり未来だったりとランダムで決定される。神様の気まぐれなんだろう。だから、待ち合わせをしても会える可能性というのは、実は極めて低い。そして、向こうの世界の時間だけは真っ直ぐ動いている。これのおかげで、俺とユイは死ぬたびに、同じ時間で会えるわけだ。そのあたりも神様の気まぐれだろう。気まぐれ過ぎてムカツク。神様を殴ってやるんだ。そう言ったのは誰だっけなぁ、もう忘れた。
 生まれ変わりにも法則はある。俺達は日本にしか生まれないこと。時間のズレ幅も大体五十年以内には収まること。それらを考えて待ち合わせ場所を二人で決めた。場所は東京タワー。どの時間上でも存在して、日本の中では有名な場所だからだ。例え東京に住んでいなくとも、行こうと思えば行けるし。 
 運がいいことに、今回の俺は東京で生まれた。東京タワーまで行くのに三十分とかからない。だから、毎日通うことにした。正に雨にも負けず、風にも負けずというやつだ。来る日も来る日も、東京タワーの下でユイがアホ面を引っさげて来るのを待った。何年も待ってるうちに、俺は死んだ。なんで死んだかは忘れたけど死んだ。
 会えずに死んだのでもう一度作戦を立てなおそうと、ユイに話しかけようとしたところ、俺は成仏した。アホだったんだ俺達は。俺達の最大の弱点はアホ過ぎることだったんだよ。俺の生きる目的はユイに会うにことなっていた。最大の目標。それ以外のことを何もしなかった人生だった。だから、死んだ時に残る未練もユイに会えなかったことになる。だから、向こうでユイに会えば俺は成仏しちまう。しかも、アホだからこの目的を変えることなんて今更出来ない。ゲーム感覚でやってきたこれまでとは違う。死んだ世界で会えなかった分だけ、あいつに会いたい気持ちが膨らむ。
 俺は何度も東京タワーの下で待った。何回生まれ変わっても、どんなところで生まれようとも東京タワーに行った。どんな手を使ってでもだ。それでもユイに会うことはなく死んだ。死んで、死んだ世界で遠目にユイを確認した瞬間に成仏するほどに俺の想いは募っていった。乙女か、とツッコミが入りそうなほどにユイが愛しくて堪らなかった。何度も何度も、これまで生まれ変わった以上の、四桁に昇るほどの回数を重ねて、そして、やっとあることに気づいて脱力した。
 そもそも、こちら側の世界は、時間がランダムとかではないってこと。世界がランダムだったのだ、たぶんだけど。知らんけど。どうなんだろう。でも、何故、俺は俺に会わないのかとか。同一時間軸上を過ごす俺と俺が現れてもおかしくなかったんだよ。なのに、俺と俺は会わないし、待ち合わせ場所にユイは来ない。
 死後の世界に行っても、もうあいつとは会えない。会えば成仏するんだから。
 悲劇的な死を繰り返して、好きな人にも会えない。
 俺がクズだからですか。そうですか。
 ああ、結局のところ、俺はセカンドフライを捕れないままみたいだ。








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